ダッチハーバーが近づいてきて、今年の「みらい」の航海もそろそろ終わりです。そこで最後の北極の研究者シリーズとして、今回の航海の主席、西野茂人さんに寄稿をいただきました。

主席というのは航海における研究者の代表です。ご自身も研究者として問題意識と使命をもって観測を企画しておられますが、主席は乗船しているすべての研究者の観測が達成されるように采配を振るう役割ももっています。

氷がゆくてを阻むとき、装置の故障や天候によって予定が狂うとき、思いがけない現象に出会ってより詳細な観測をおこない必要が生じたとき、研究者のニーズと船側の要請とを調整して観測を遂行するのが主席の仕事です。

それでは西野さん、よろしくどうぞ!

首席研究者の仕事とはどのようなものですか?

自分も含め、研究者の皆さんを論文等の研究成果に導くツアーコンダクターの様なものでしょうか?

研究成果を発掘できそうなスポットへのクルーズプランを組み、そこでの研究者のさまざまな要望を調整し、それぞれの研究が相互に繋がるような観測プランをコーディネートする。それが首席研究者の仕事だと思います。

今回の北極航海では、定点観測による大気・海洋相互作用の理解、広域観測による海洋環境の空間変動の把握、係留系・セジメントトラップ観測による海洋物理・生態系のモニタリングを目的としています。この目的達成のため、航海の前から議論を重ね綿密なプランをたてて乗船するわけですが、自然が相手ですので、海氷や悪天候で時にはプランが台無しになることもあります。

でも落ち込んでいる暇は無く、すぐに次のプランをたてなければなりません。また、思いもよらぬ観測結果にプランを変更することもあります。船内では、キャプテン、クルー、研究者、観測技術員で毎日ミーティングを行い、気象・海氷状況や観測結果などを持ちより次のプランについて議論します。私の仕事はそれを取りまとめ、研究成果を出せるように磨き上げられたクルーズプランを皆さんと協力し作り上げていくことだと思っています。

これまでのところ、航海の成果はいかがでしょうか?

近年、北極海では夏季の海氷面積の縮小が続いているわけですが、今年は海氷が厳しく、昨年海中に設置したセジメントトラップ(海水中の沈降粒子を捕捉する装置)が海氷下にあり回収を断念しました。

また、海氷が多かったため、まだまだ未知の海域である北極海中央部での広域観測もできませんでした。しかし、その分、北米大陸に近いチャクチ海陸棚域での観測を詳細にすることができました。この海域は世界で最も生物生産が高い海域の一つであり、特に今年は例年に比べて生物生産が高いことが分かりました。海氷分布や海洋環境の変化との因果関係を明らかにしていきたいと思います。

一方、チャクチ海陸棚域北端に位置する定点観測点では、高低気圧に伴う風の場の変動が海洋構造を変化させ、さらには生物活動にまで影響を与えることが明らかになってきました。北極海で結氷期を前に生物活動が活発化する様子を捉えたのは、おそらくこの観測が初めてではないかと思います。

さらに、時々海洋中層に栄養分の高い水が現れることが観測されました。化学成分を調べてみるとその水は河川水の成分を含んでいることが分かりました。海洋表層ではなく中層に河川水の影響が強いというこの不思議な現象。どうやら北極海中央部で起こっている淡水の蓄積と関係してそうです。

係留系の回収については、すべて順調に行うことができました。係留系に取り付けた各種センサーには海の情報が1年分記録されており、陸上に帰ってからの解析結果が期待されます。また係留系の再設置も順調に終わり、来年またこの係留系が無事回収されることを祈りつつ係留系サイトを離れました。

これからの、「みらい」を用いた北極観測の重要性についてお聞かせください

「みらい」は各種観測装置、実験室が整った世界にも類を見ない研究船です。また、最先端の専門知識を有した観測技術員が多数乗船しており、質の高いデータをすぐれた処理能力で多項目にわたり取得することができます。

中には、ほぼリアルタイムで得られるデータもあり、そのデータに基づき観測プランの立案が可能です。その一例として、海洋のどこに存在するか分からない渦の観測に今回成功することができました。

「みらい」は機動性の高い研究船であり、時空間変動の激しい大気・海洋の現象を把握するのに強い武器となります。今までは海氷減少の著しい北極海中央部(海盆域)で大規模スケールの観測を中心に行い研究成果を出してきましたが、今後は中規模現象の発生源である陸棚から陸棚斜面の海域をも視野に入れ、ダイナミックな変動を捉えるべく大気-海洋系から生態系にわたる観測研究で成果が出てくるものと期待しております。

– – –

これまでにも何度か紹介してきましたが、多くの人にとって意外だと思われるのは観測に向かう研究者も現地の状況や現象に対して「行ってみなければわからない」という無知な部分をもっているからこそ、観測には価値があるという点です。

もちろん研究者は過去の知見と経験から観測計画を立てますが、それがうまくという保証はありません。価値のある現象をつかむには常にデータに目を光らせていなければいけないのです。主席の仕事は船のうえで行われるすべての観測に目を配る大切な仕事です。

「みらい」の今年の観測はこれで終了ですが、来年はまた別の野心的な航海が計画されています。今後も折を見て北極の観測の進捗についてご紹介していきたいと思います。