北極を研究する研究者シリーズ、今回は気象班の課題代表者、猪上さんにお願いしています。

「みらい」の北極航海は直前にひょいと計画して出発できるような簡単なものではありません。どのようなメンバーで、どのようなサイエンスを追求するか、日程から観測メニューに至るまで一つ一つの航海が数年かけてプランニングされます。

なかでも課題代表者は航海のサイエンスの中核に責任を負う重要な役割です。だからこそ、今回の航海を最も楽しみにしている立場ともいえるでしょう。

それでは猪上さん、よろしくどうぞ!

今回の「みらい」気象観測の特色は?

今航では「みらい」北極航海史上初の活動が2点挙げられます。

  • ・3時間毎のラジオゾンデ観測を1ヶ月以上継続(放球回数は最多記録の215個を更新中)
  • ・定点観測を15日間実施(気象、海洋物理、生態系の総合観測)

北極の天気も日本と同様に目まぐるしく変化します。その影響は海氷分布や海洋内部へも波及します。北極海上の気温や風の変化で、海洋や生態系がどのような時間スケールで応答するかを調べるには定点での高頻度観測が有効なのです。

ここまでの観測で、成果の感触はいかがでしょうか?

ありそうでなかった北極海での定点観測。15日間ものシップタイムを投資したそのリターンは現段階ですら予想を上回るものです。

Fig1

例えば「みらい」直上5kmを通過した寒気を伴った小さな低気圧。これが励起する海上の強風は、海洋の表層20m付近の水をかき混ぜるだけではなく、
その下にある冷たくて塩分の高い重い水までを巻き上げます。それに伴ってプランクトン等に必要な栄養塩の分布が変化していそうなことが見つかりました。遥か上空の短い時間スケールの大気変動が、海底の水塊にまで影響を及ぼすなんて想像していませんでした。

Fig2

気象学的にはさらに、急に発達してすぐ消える小さな低気圧(ポーラーロウ)をラジオゾンデとドップラーレーダーで立て続けに2個捕らえることに成功しました。そしてそれらが乱舞して合体する様子までも!

今後の北極研究において、「みらい」の観測が果たす役割は?

今回の定点観測で得られたもう一つの成果は、分野横断型のブレーンストーミングを毎日できたことです。時々刻々と上がってくる各種データ。それを毎日30分間見せ合いながら観測戦略を練る作業は船上ならではでした。これは定点という共通項がなせる技でしょう。

初めての定点観測。何が得られるか、何も得られないかもしれない…。そんな期待と不安が乗船研究者を新しいステージに導いたのかもしれません。

上空から海底までの大気-海洋-生態系の総合研究を実現できるのが「みらい」です。もちろんこのような成果を得るには、(1)充実した観測機能、(2)経験豊富な観測技術員、(3)乗組員による観測に最適化された操船技術、が必須です。

日本は北極研究用の砕氷船がないデメリットがあるものの、海氷がない北極海での科学的成果はオリジナリティーが高く、既に世界から認められています。

海氷が消えつつある北極海。「みらい」が北極海のフラッグシップとなる日も遠くはないでしょう。