ここまで、航海が始まったばかりの比較的美しい写真ばかりをお見せしてきましたが、北極の真の姿はもちろん美しさばかりではありません。
夏でも低く垂れ込める雲、鼠色に染まる海、そして叩きつけるような風と、時折まじる雨とも雪とも付かない水滴。むしろこうした天気の方が、北極では普通なのです。
航海開始後ほどなく、私達は最初の低気圧の歓迎を受けることになりました。
見えざる風との戦い
今回の低気圧はアラスカを東進しているもので、直接われわれの上空にきたものではありませんでした。それでも風速 15-20 m/s の風が吹き付け、ラジオゾンデの放球は困難になりました。
たとえばこちらは、自動放球装置からヘリウム気球が飛び出した瞬間をとらえた写真です。
吹き流しで見る限り、風向は狙い通りでしたが、風速が15m/sもあるために船体を回りこむ風が大きな下降流となって風船を押さえつけたため、飛び出したとたんに下に向かっています。
気球に付けられたセンサーは、最初はちょうど凧のひもを巻き取るような、巻取り器にくくりつけられています。放球と同時にセンサーのひもは伸びて気球との距離を確保するようにできているのです。
しかしこうして気球が下に飛び出してしまうと、気球が高度を得る前にセンサーの糸が繰り出されて、センサーは海に触れてしまいます。こうなるとセンサーは壊れ、観測はやりなおしです。気球を作り直し、センサーを初期化しと、大慌てです。
この日の夜ワッチは、4回の観測で3回失敗し、時折雨が叩きつける風速15m/sのデッキ上で手放球を4回も行うことになりました。風のせいで船も大きく揺れ、気温も低いために体感温度は肌に痛いほどです。
こうしたなかでも確実に、安全に観測を行うために全員がノウハウを共有して精度はしだいに高まっていきました。