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ダッチーハーバーが存在する地域は、またの名前をウナラスカ “Unalaska” といいます。

もともとこの島に住んでいたウナンガンびと、いわゆるアリュート族の人々はこの島を Agunnalaksh、すなわち「本土に近い島」と呼んでいました。その後、毛皮の交易でこの地にやってきたロシア人たちは島を Ounalashka と呼び、最終的にアメリカがロシア帝国から1867年にアラスカを購入した際、綴りは Unalaska に統一されました。

ダッチハーバーという名前は、1700年代にオランダの船がこの島の港に投錨したという、実は言い伝えに過ぎない話がそのまま地名に定着したのだということです。

私たちが宿泊したのは本島であるウナラスカ島と隣接するアマニャック島です。飛行機が遅れた場合の予備日をとったあったので、本日は乗船前の自由時間となり、島を散策することが可能になりました。

戦争の爪痕残るバリフー山

昨日の大移動の疲れもあって、昼ごろになって起きだした私と大島研究員は、午後を使って飛行場の裏手にある標高 500m のバリフー山に登山することにしました。昨日の飛行場の写真の背景になっていある、あの山です。

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一見簡単に登れそうですが、高山植物が深く生えている斜面をのぼり、その後は急な中腹を直登しなければいけませんので、なかなかに骨がおれました。

しかし登り切ってみれば、美しい海と山の風景に大満足です。冒頭の写真は山頂からの映像で、飛行場と、我々がいるホテルの方面であるアマニャック島の南半分が見えています。また、その先に広がっているのはウナラスカ本島です。

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振り返れば静かなアリューシャンの海です。このまま降りるのはもったいないとおもった我々は、この尾根にそって山を縦断することにしました。

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途中、寒冷地の美しい花が迎えてくれます。また、登山中は意外な来客にも出会いました。

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この付近に巣を作っているハクトウワシです。アメリカのシンボルともいうべきこの鳥が舞う姿は優雅そのものでした。

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山を縦断した向こう側は、ながらかな丘となっていました。写真ではみにくいですが、山のうえにはたくさんの壕が掘られていますが、これらはすべて第二次世界大戦の名残です。

この島を訪れる日本人として忘れてはならないのは、先の大戦中、日本軍はこのウナラスカ島の南西にあるアッツ島とキスカ島の二島を攻略してこれを占領し、このダッチハーバーも5日間にわたって空爆したという歴史があることです。

アメリカが唯一外国に対して領土を失ったこの侵略によって、アリューシャン列島のアリュート族はアメリカ政府によって強制的に移住を命じられます。家などの財産は政府によって焼かれなどし、さらに移住先のアラスカの居住地の環境が劣悪だったことから病気が蔓延し、人々は大変な苦労のなか生活をしたと伝えられています。

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いまはその歴史は、いくつかの戦争資料館、そして打ち捨てられた壕や廃墟からしか知ることができません。

平和な時代に感謝するとともに、時代に翻弄された多くのアリュート族の人々に思いを馳せるのでした。