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「みらい」はアラスカ、バロー沖の係留系や、採水などの観測を行いつつ、今度は最北端の目標 NAP を目指しました。海の上の観測ステーションとは、過去に係留系を沈めた場所のことで、次の航海ではそれを回収することが目的の一つになります。

しかし今年、ボーフォート海の氷はこれまでの減少傾向とは打って変わって多く、我々はなかなか北上することができませんでした。なぜ氷があると北にいけないのか? それはもちろん危険だからです。

耐氷船「みらい」

北極や南極にいく船というと、砕氷船が思い浮かびます。氷を割りながら進み、必要があれば何度も氷に向かって体当たりをして道を切り開く能力のある船のことです。

しかし「みらい」は砕氷船ではなく、あくまで氷に対して多少強めてある「耐氷船」です。可能な限り氷との接触は避けますし、巨大な氷との接触は危険です。

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今回、最北端ステーションは衛星画像をみるにちょうど氷の縁、いわゆる氷縁域と呼ばれる場所にありましたので、「みらい」は氷をよけつつ可能な限り近づくことになりました。

灰色の空の下、最初は数えるほどだった小さな氷が、やがて行く手を遮る壁のようになって広がり始めます。

多くの海氷はすでに崩れ、海の水に溶けながら浮いているだけでしたが、もちろん表面だけで判断してはいけないのが氷です。薄そうにみえる氷であっても、「みらい」は避けなくてはいけません。

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北極、それに海氷にかかわる研究をしている私も、実は実際に北極の海氷をみたのは初めてです。衛星画像でずっと睨みつけていた、一進一退を続ける氷縁域の氷の実際の姿は、美しく、恐ろしいものでした。

寒いから凍るのは当然と思われるかもしれませんが、海から膨大な熱を奪ってこれほどまでの氷また氷の海域を作る北極の凄まじさを実感しました。

ひとくちに溶けるといっても…

現在、北極の夏の海氷面積は年々減りつつありますが、その予測は実は困難極まるものです。今年も当初は「過去最小」が予測されていたものの、実際はこの通り、なかなか氷は溶けませんでした。

「とける」と一口にいいますが、その過程は複雑です。

夏の日射や空気によって暖められてとける。海水が温かい領域にまで氷が移流してとける。そもそも海の中を移動するうちに水と触れ合ってとける。側面から波に削られる。氷同士がぶつかって割れて小さくなってとける。雨によってとかされる。表面に溶け水の水たまりができて、水たまりは白い氷にくらべて黒く、熱せられやすいために温まってとける。表面に塵などの物質がたまって黒くなることで日射を吸収しやすくなってとける。といったようにとけるプロセスだけでも複雑怪奇です。

また、氷は一方的にとけるだけでなく、とけたあとに海の上には冷たい溶け水が広がり、冷たい空気がやってくれば再結氷することもあります。また、氷にはできてから一年しかたっていない一年氷だけでなく、何年も漂っていて分厚くなっている多年氷もあります。この二つではもちろんとけるプロセスも変わります。

この複雑なプロセスの相互の関係を理解し、北極全体での氷の予測を行うのはもちろん困難極まる事業なわけです。しかしそれを行わなければ、加速する北極の温暖化の実態になかなか追い付くことはできません。

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「みらい」がこうした氷縁域を航行し、どの程度の海氷があったか、どのような海面水温であったかという情報は、また別の研究者に伝えられます。

その情報はさらに詳細な海氷の予測、衛星画像の作成などに活用されるのです。