Arctic rose

北極でラジオゾンデ観測をする意味はなんでしょうか? そこにはわかりやすい理由と、少しだけ込み入った理由の二つがあります。

わかりやすい理由はもちろん、北極の現場でしか手に入らないデータを、自らの手で取りにゆくという、科学の基本中の基本です。北極はほとんど人間のいない地域ですから、そこで観測をすること自体に意義があるといえます。

しかしここでラジオゾンデ観測をすると、実はみなさんのもとに届く天気予報の制度も向上しているのです。どういうわけでしょうか?

予報に役立てられるゾンデ観測

実は今回の観測、一回一回のデータが取得されたあとで、船舶無線を利用してデータをGTS、全球気象通信システムに送信しています。

実は世界中で行われている高層気象観測が、同じようにして集められており、日本の気象庁を含む各予報センターはそれらの情報を統合して気象の現状(いわゆる初期値)を把握し、そこからコンピューターモデルによる予報を行うのです。

初期値は予報の命です。初期値ができる限り正確であることが、予報の絶対条件なのですが、北極はふだんほとんど観測がない、観測の空白地帯となっています。観測がなくてもある程度の推測はできるものの、低気圧の正確な位置や強さといったものはぼやけてしまいます。そこで我々が船からデータを送ると、それだけで初期値が向上し、予報精度も向上するのです。

きっと少しだけだとは思いますが、私たちが船のうえで必死に放球しているゾンデのデータが、みなさんの天気予報を向上させているのです。

「みらい」だけではない、今年の北極のゾンデ観測網

そして今年は、気象観測班の責任者、猪上准教授(国立極地研・海洋研究開発機構)の呼びかけで、北極各地において同時観測が行われています。

スピッツベルゲン諸島のニーオルスン基地、ロシアのボルシェビキ島に、ティクシ、アラスカのバローに、カナダのアラートです。北極にゾンデの観測網の華が開くことから、Arctic Rose プロジェクトと命名されました。

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「みらい」船上の1日8回一ヶ月間というラジオゾンデ観測も過去に例のない物量ですが、今回の集中観測は面的な広がりもめずらしいものです。

これらのゾンデの情報がすべて伝達されることで、気象予報はどれだけ向上するのでしょうか? 北極のデータが存在すると、どれだけ中緯度、我々が普段住んでいる地域の予報は向上するのでしょうか?

それはこの観測の終了後、データ同化という手法を用いて、これらの観測がある場合とない場合の計算をスーパーコンピュータを用いて行うことで得られます。

すでに我々の過去の研究では、バレンツ海の低気圧の経路が中緯度の寒気を決めている可能性が示唆されており、夏においても何らかの成果は得られるのではないかと期待しているところです。

北極というと、遠い、縁のない世界と思われるかもしれません。しかし急速に進む温暖化を背景とした、北極と中緯度の関係の変化は、今後否応なく気候の前面に、そして北極航路などといった形で私達の社会にも登場するキーワードとなるはずなのです。